先日の記事からも中国の工作が考えられたので時系列を並べてみます。

日本は30年間経済成長は停滞しています。

世界の先進国と比べても日本の国民総生産は異常なくらい上昇しませんでした。

その始まりがあったバブル崩壊の時代背景位を考えました。

その内容からも中国関係の動きが気になります。それは日本がバブル経済崩壊し

その頃から日本に変わり経済成長してきた国が中国なのです。

バブル崩壊の時代は日本の円が米国の1ドルに対して90円をつけていました。その事により日本の企業は競争力を失うため海外に進出していくました。つまり日本国内の

就職氷河期が来ました。それと同じくして、日本政府は日本経済にプラスの政策は

減らしてマイナスの政策を勧めていきました。

公共事業の削減、消費税の導入や税率の上昇、社会保障費の増税などです。

政府側の日本の妨害工作の中心は財務省になりました。金融や財政の実質的な

コントロールはお金の流れからも間違いないでしょう。

財務省は日本の経済の温度を決める金利や銀行もコントロールしています。

1990年代におよそ日本の経済破壊工作がスタートしたことからもおそらく

財務省はその頃から中国の影響を受けてきたのでしょう。

そのきっかけは大蔵省の接待汚職事件です。ノーパンしゃぶしゃぶ事件ですが、

大蔵省の職員らが銀行から接待を受けた際に、中国人女性が経営する東京都新宿区歌舞伎町ノーパンしゃぶしゃぶ店「楼蘭ローラン」を頻繁に使っていた事が発覚(店名の楼蘭は、新疆ウイグル自治区の地名)した事から通称・ノーパンしゃぶしゃぶ事件とも言われている。

また、1990年代やその後の大震災時代は日本政府は自民党ではなく野党が内閣を

日本において統治していたのです。

阪神淡路大震災は村山内閣時代です。阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)とは、1995年平成7年)1月17日火曜日)5時46分52秒(日本時間UTC+9)に発生した兵庫県南部地震により引き起こされた災害のことである。

東日本大震災時代は民主党の管政権です。東日本大震災(ひがしにほんだいしんさい)は、2011年平成23年)3月11日14時46分に発生した東北地方太平洋沖地震およびこれに伴う福島第一原子力発電所事故放射能汚染)による大規模な地震災害(震災)である[1][2]

ここに来て自民党の石破政権は自民党に不利な選挙を行って

過半数割れになりそうですが、日本の混乱が続くと大きな事件を考えてしまいます。

今日においても財務省は中国の影響があるために日本の経済に不利益な政策を

勧めているのでしょう。

72 第2次中曽根内閣 1983年(昭和58年)12月27日 1984年(昭和59年)11月1日 自由民主党新自由クラブ
  第1次改造内閣 1984年(昭和59年)11月1日 1985年(昭和60年)12月28日
  第2次改造内閣 1985年(昭和60年)12月28日 1986年(昭和61年)7月22日
73 第3次中曽根内閣 1986年(昭和61年)7月22日 1987年(昭和62年)11月6日 自由民主党
74 竹下内閣 1987年(昭和62年)11月6日 1988年(昭和63年)12月27日 竹下登 自由民主党
  改造内閣 1988年(昭和63年)12月27日 1989年(平成元年)6月3日

平成時代(1989年 - 2019年)

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第125代天皇 上皇(明仁)(在位期間:1989年1月7日 - 2019年4月30日)
内閣 成立年月日 終了年月日 内閣総理大臣 与党
75 宇野内閣 1989年(平成元年)6月3日 1989年(平成元年)8月10日 宇野宗佑 自由民主党
76 第1次海部内閣 1989年(平成元年)8月10日 1990年(平成2年)2月28日 海部俊樹 自由民主党
77 第2次海部内閣 1990年(平成2年)2月28日 1990年(平成2年)12月29日 自由民主党
  改造内閣 1990年(平成2年)12月29日 1991年(平成3年)11月5日
78 宮澤内閣 1991年(平成3年)11月5日 1992年(平成4年)12月12日 宮澤喜一 自由民主党
  改造内閣 1992年(平成4年)12月12日 1993年(平成5年)8月9日
79 細川内閣 1993年(平成5年)8月9日 1994年(平成6年)4月28日 細川護熙 日本新党日本社会党新生党公明党新党さきがけ民社党社会民主連合民主改革連合参院
80 羽田内閣 1994年(平成6年)4月28日 1994年(平成6年)6月30日 羽田孜 新生党公明党日本新党民社党自由党改革の会民主改革連合参院
閣外協力:新党さきがけ新党みらい社会民主連合
81 村山内閣 1994年(平成6年)6月30日 1995年(平成7年)8月8日 村山富市 日本社会党自由民主党新党さきがけ
  改造内閣 1995年(平成7年)8月8日 1996年(平成8年)1月11日
82 第1次橋本内閣 1996年(平成8年)1月11日 1996年(平成8年)11月7日 橋本龍太郎 自由民主党日本社会党/社会民主党新党さきがけ
83 第2次橋本内閣 1996年(平成8年)11月7日 1997年(平成9年)9月11日 自由民主党
閣外協力:社会民主党新党さきがけ
  改造内閣 1997年(平成9年)9月11日 1998年(平成10年)7月30日 自由民主党
閣外協力:社会民主党新党さきがけ(1998年(平成10年)6月まで)
84 小渕内閣 1998年(平成10年)7月30日 1999年(平成11年)1月14日 小渕恵三
[注 16]
自由民主党
  第1次改造内閣 1999年(平成11年)1月14日 1999年(平成11年)10月5日 自由民主党自由党
  第2次改造内閣 1999年(平成11年)10月5日 2000年(平成12年)4月5日 自由民主党自由党/保守党公明党